2008年11月26日水曜日

アルバイトの応募要項

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「ちょっとちょっと、イタチさん」
とイタチはある日の10時5分過ぎに、男性客のひとりに呼び止められた。
「なんでしょうか」
とイタチは言った。

「あのね、僕もアルバイトしたいんですよ。ほらこの店、今アルバイトを募集しているでしょう? それに応募したいんです。だけれども……」
男はそこで少し言葉を切った。よく見るとはじめの印象ほどは若くない。
「ルックスがねえ、問題かなあと思って」
イタチは大きく息を吐いた。これはたちの悪い冗談かも知れない。あるいはいやがらせかもしれないし、何か別に言いたいことがあるのかもしれない。やれやれ。こう言うときはルール7だ。
「そんなことはないですよ」にっこり。

「ええと、実は自分ではなくて……動物なんだ」
「動物?」
「コビトカバなんです」
「……」
「ここで働きたいって言ってるんですよ」
「だって」とイタチは思わず言った。「コビトカバは、ジャイアントパンダとオカピと並んで世界三大珍獣のひとつで、たいへんな稀少動物なんですよ」
「特技はね、会計なんです」
イタチは一方的な話しぶりが少し気に障った。
「会計が得意で、コビトカバではない者はたくさんいます」
「ごもっともです」と男はあわてて言った。
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