2008年10月31日金曜日

聖蹟桜ヶ丘

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「本を読むときは、聴かないのですか?」

イタチがそう言ったのには、もちろんわけがあった。

人間は、っていうか生き物は、怠けるのが本性である。イタチもときどきグリーンエプロンをしてお店に立っていながら、そこいらへんのソファにごろりと横になり、手慣れた手つきでヘッドフォンを頭にかぶせて、やはり架空のチューナーをくるくる回しながら、好きな音を聴きたいものだと思うのだ。

だが、そんなことしなくたって、自然と耳に入ってくるものもある。

その日は、3人が店で本のページを繰っており、その一冊の中から、その一文だけが、すぐそばから聴こえてきた。

──土曜日になるとお父さんが本を買いに来る、病院に行ったおじいちゃんが帰りに店員と話していく、というような店です。

声は、ほんとうにすぐそばから聴こえた。イタチがハッとしてちょっとあたりを見回してしまったほどだ。
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2008年10月30日木曜日

作家のあいさつ。

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sky

ある日、カフェに作家がやってきた。へえ〜、カフェに作家なんか来るんだ、と思うかもしれないけど、意外とたくさん来るものだ。カフェに作家がいても、別に原稿を書いているわけではないから、特にこれが作家だというめじるしはない。それに特にふるまいに共通点もない。

簡単だ、彼らは自分が作家だと言うのだ。言いはしなくても、それとわかるように言うのだ。

だが、その日はそういういつものパターンとも違っていた。イタチは初対面で、いきなり見抜かれたのである。イタチであることを、イタチのまま、ここで働くことになった経緯を、つまりイタチのざっくりといえばすべてを。

「こんにちは」とイタチは言った。
どんなときでもスタートはあいさつだ。
「ああ、どうも」と作家は言った。
「こちらこそ」とイタチは言った。
「いえ、……」そう言って作家は咳払いした。
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2008年10月29日水曜日

本を聴く。

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オーディオブックっていうのはさ、本を読み上げている声が録音されているもので、MDとかCDとかアメリカではカセットテープとかさ、いろんな媒体に入っていて、車の中とか通勤途中とかに、聞くものなんですよ。

「はあ」とイタチは言った。

読むよりもほら、すーっと頭に入ってきたりとかいいことがあってね、時間がなくても本なんかより、かえって早く読めたりする。それに聴きながら別のことを考えることもできて、そういうときにこそ、いいアイデアを思いついたりとか、するもんなんですよ。

「はあ」とイタチは言った。「本を読むときは、聴かないのですか?」
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2008年10月28日火曜日

雨の降りそうな夕方に。

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sky

「え? 何? じゃあ全然降っていないの、そちらでは?」
そういう声がして、カフェは一瞬ひやりとした静けさに包まれた。その人は声を落として、話を続けた。
「そうなんだ、あのね、たいへんな雨なのよ、こちらは」
それぞれのテーブルでは、ふたたびざわざわと、会話が動き出す。
「傘がなきゃ、とてもじゃないけど、駄目よ」
しばらく話してから、その人は言った。
「降っていないんなら、私がそっちへ行こうかしら」

彼女が席を立っても、しばらくは雨が降っていた。嫌味のように、これでもかっ、と降る雨だ。そしてきっかり30分後に、ぴたりとやんだ。

イタチは、空を見た。
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2008年10月27日月曜日

春はあけぼの、そして秋。

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カフェの朝は早い。
「春はあけぼの やうやう白くなりゆくやまぎは少し明りて 紫だちたる雲の細くたなびきたる」っていうんだよ。

蜘蛛の子が、糸を引きながらそう言って去るのを、イタチは柄のついたダストパント提げたまま見守った。店内からはコーヒービーンズの香りが、いよいよ濃く流れ出してきた。

イタチにとって朝はいつも不安だ。だって、今日がどんな一日になるかなんて、誰にわかるだろう。そこで朝は決まり切った細かい仕事に満ちている。その間にもすでに発車ベルは鳴っていて、一日は滑り出している。
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2008年10月26日日曜日

クイーンズランド

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東京の新しい朝は、灰色の喧騒の向こうから、紫のテイルをした白っぱくれた桃色の太陽とともにやってくる。

クイーンズランドでは、そうじゃなかった。

朝はユーカリの木々が落とすアンバーな影をゆっくりとぬぐい去り、湿った芝生を走り抜け、果実のような黄色い光線によってスタートするのだ。

シドニーにはいいカフェがいっぱいある。そこでは食事もできて、道に面して大きくテラスが張り出している。気持ちのいいアウトドアの席は、しかもさほど混んでもいない。高くもない。

いいことづくめですね、とイタチは言った。
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2008年10月25日土曜日

彼女たちの時間帯

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昼間の時間帯っていうのは、いったいどういう時間帯なんだろう。店にくるまでは、ぜんぜん見当がつかなかった。もちろん昼間というのだから、とても昼間らしい、といえば11時ごろから3時、4時といったあたりだろうことぐらいはわかるのだ。

もちろん、それは生き物が最も活発に活動する時間帯だ。

カフェの、特に平日の「昼間の時間帯」は、確かに活気に満ちてはいる。どこかへ行った話や、どこかへ行く話をし、誰かの話や家族の話をし、笑いさざめく。だが、どういう話だったかは、どれもふたたび思い出すことはないだろう、と思う。そのくらいに個性がなく、ありふれており、少しも記憶を呼び起こさないのだ。

その多くは女性で、彼女たちはもしかして、夜行性なんだろうか。とイタチは思った。
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2008年10月24日金曜日

イタチに聞く。

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面接の前の日、イタチは眠れなかった。遠い昔のことだ。
「そりゃ、そうです。面接なんて、初めてですから」

そして、長い年月が流れ、最終的にはコピールアク担当のバリスタになった。イタチとしては上り詰めたポジションと言ってもいい。

「ガイドブックに貢献したというのは、すごいことだと思います。でもそれは、本当に私が達成したことなのかというと、そうでもないと思います」
イタチは今日はなぜか雄弁なのだった。
「ほんとうに違うのですよ、きっと。むしろ毎日が、毎日やってくる、ということのほうがずっと大事なんです。ずっと、ずっと大事。仕事って、いったん始めたら、そのうちにどこまで行くんだろう、って思いませんか? これはひょっとするとどこへも行かないんじゃないかって。ただただ、ずっと平坦なんじゃないかって」
イタチは手のツメをきゅっと出して、またするっとひっこめた。
「でもイタチから誰かに、それはどこへも行きませんよ、と言うわけにはいかないでしょう? それはなんでイタチがって言われますよ、やっぱり」
イタチは、いやにきびきびと、言った。
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2008年10月23日木曜日

どんだけ。

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多様性を受け入れること。イタチがそう言ったばかりじゃないか、と蠅は思った。どやどやと、大きなエナメル調のバッグを提げた中高生たちが階段を上ってきた。

「どんだけ」とその男の子達は言うのだ。
「それってどんだけ」
「で、どんだけ」
「って、どんだけ」

そんなふうに言うのである。

「どこもだけとは違いますよ」
と壁は言ってみた。

「壁は呑気だねえ」
と蠅は言った。「どんだけ」
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2008年10月22日水曜日

オレンジ vs グリーン

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mach buster
男の子の話には、なかなか活気がある。グリーンエプロンのイタチも、ついつい聴き入ってしまった。

「あのさ、チームに入りたいの?」

意外な申し出だった。イタチはあわてて首を振った。ついでに大きな尻尾を振って、そうしてからやっと、手を振ればよかったのだと気がついた。

「違うの?」
と男の子は言った。そう言って白目になり、またふつうの目に戻った。
「で、打順は5番かな。5番か……3番でもいいよ」

すると、パンダが訊ねた。「守備は?」
「守備はね……センター」と男の子。
「どお?」と、イタチに向き直って、パンダが言った。

イタチはあわてて首を振り、手を振り、気がつくとその手をグリーンエプロンのポケットに突っ込んでいた。

多様性を受け入れるのは、なかなかたいへんなのだ。
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2008年10月21日火曜日

「東京ゴールデンホークス」

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東京ゴールデンホークス

そこへまた新しい登場人物。オレンジ色の野球帽をかぶった男の子だ。
「ちょっと待ってよ、これ違うところがあるから直してよ」

イタチは、この子は、動物たちのベースボールチームのメンバーなんだろうか? と考えた。そのように見えるけれども、本当にそうなのかな?

いい? 違うでしょ、メンバーには打順と名前と守る場所、そして背番号があるんだよ。いいよ、ぼくが書くよ。ぼくはそういうの書くのうまいんだ。

そう言うと男の子は、デイバッグからマティスの絵が表紙になっているノートブックを取りだし、カフェの丸テーブルに広げて、メンバー表を書き始めた。

なんだよ、チームの名前も書いてないじゃないか。

小さなほっぺをふくらませて、男の子は言った。
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2008年10月20日月曜日

動物たちのベースボール

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ある日のこと、カフェに動物のベースボールチームがやってきた。チームの柱は100年首位打者というイルカ、主なメンバーはそのほかピッチャーの子ペンギン、監督のスカンク、1番ファースト子パンダ、バントなら成功率100%のオカピ、6番ショートのホーク(鷹)、そして猫は──ボールなんだそうだ、なんと。
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2008年10月19日日曜日

コピールアク

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彼は、はじめてイタチに会った時のことを思い出していた。そんなにも簡単に思い出せたことは、彼にとっては少々意外だった。私はこの動物をも傭い入れるのだろうか、と彼はその時、思ったのだ。

やれやれ、と彼は首を振った。

イタチは手の先にあるツメをなでていた。

「少々聞きたいことがあってね」と彼は切り出した。「珍しい豆についてなんだ」
そう言うとポケットからコーヒー豆の入った密閉のカプセルを取りだした。静かに座っているイタチの前で、ゆっくりとそれを開封した。敵意と懐かしさにあふれた臭いだった。

「知っているね?」

イタチは黙ってうなづいた。
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2008年10月18日土曜日

イタチとジャズ。

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このエピソードは、いたちがもうすっかりカフェの仕事に慣れて、天井店の2階を任されて過ごしていたころへと進んでいる。イタチは緑色のエプロンをかけ、片手にダスターを持ち、ほんの少しだけ壁に寄りかかって階下の気配を、ていねいに聞き取っていた。エプロンの下からは、もさもさと毛の生えたお腹がしろっぽく見えている。イタチはますますびっくりしたように耳を立て、周囲の物音に聴き入っていた。

スピーカーからは、ジャズボーカルが流れていた。ここではだいたい10曲に1曲ぐらいの割合で、低音の女性ジャズボーカルがかかる。しかしながら、どちらかというと、イタチはそれほど注意深く音楽を聴いてるわけではなかった。イタチが聴いていたのは人の話し声、椅子を引くときに立てるこそっとした音、書類をめくる音、バッグをかき回す音、そしてエアコンの音、食器の音。曲の変わり目さえ、めったに気づくことはないくらいだった。

ところがその日は唐突に、ジャズボーカルがイタチの耳に入ってきたのだ。それはイタチの暗い耳の穴へすとんと、まるで井戸の中へ猫が落ちていくように沈んでいき、そこでイタチはあわてて目を覚ましたのだ。

「これがジャズボーカルというものか」とイタチは思った。歌が、何を言っているかはよくわからなかった。「だがジャズボーカルというものは」と、イタチは覚え立ての言葉で、自分に語り始めた、「言葉がわからないからこそあるのだ。それなのに、ジャズボーカルは、それでもまだ言葉で歌おうとするものなのだ」。通奏低音のように、人々の話し声がフロアに流れていた。
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2008年10月17日金曜日

トランペッターの雨やどり。

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ところで余談だが、そのあと音楽家がどうしたか、ちょっと書いておこう。

案の定、河原には時を待たず、ぽつり、ぽつり、と雨が落ちてきた。よくある通り雨だ。音楽家はたいして気にも留めなかった。要するに、なんとなく気分がよかったのだ。彼が吹くトランペットの音は、小さくさざめいている水面をていねいに渡っていった。向こう岸には、リトルリーグの子供たちが赤と白のユニフォームで練習試合をしていて、時折金属バットの打音が音楽家の耳にも届いていた。そばに電車の鉄橋があって、電車の音があっちからこっち、こっちからあっちへ通るときは、子供たちの野球チームが遠のいた。

そうしているうちに、音楽家はいつの間にか引き揚げるタイミングを逸していたのだ。雨は突然強くなり、見上げれば空はグレーの雲に覆われていて、とてもやみそうにはない。気がすすまないが、音楽家は鉄橋の下へ避難することにした。
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2008年10月16日木曜日

イタチは、居眠りもする。

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イタチは本を読みながら、つい眠ってしまった。つい眠ってしまうときというのは、どこかで眠っちゃってもいいや、と思っているときなのだ。

パカラカパッパパー

高らかな音に、イタチは目を覚まして、ぴょこんと跳ね起きた。びっくりしたのは、トランペットの練習をしようと、誰もいない河原へやってきた音楽家だった。
「これはどうも」
と音楽家は言った。ところで、よく見ると、音楽家はまるいおなかをしていた。トランペットを吹くための息を、そこにいっぱい溜めているのだろう、とイタチは思った。
「はあ、こんにちは」とイタチは言った。
「誰もいないと思ったもので」と音楽家は言った。
「そうですよね」とイタチは言った。「いや、でも、もうすぐ帰ろうと思っていたところなんです」

夕暮れにはまだ早い時刻だった。動物園に棲んでいればおやつの時間といったところだった。

「どうぞ、なにか吹いてください」とイタチは言った。「きりのいいところで、帰りますから」
音楽家はうなづいて、パラパラと軽やかに、音階を吹き始めた。

空にはもうイタチはいなかった。灰色の雲が川上から流れてきて、青空を塗りつぶしつつあった。
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2008年10月15日水曜日

雲は流れて。

spaceイタチは河原でに寝そべって『ピギー・スニードを救う話』を読んでいた。だがそれは、正確に言えば「ピギー・スニードを救おうという話」のように、イタチには思えた。そして実際には、作者であるジョン・アービングが救うことができたのはピギー・スニードではなく町の子供たちではないのか?

まあ、イタチがピギーに多少同情的であっても、無理はあるまい。

それに、よく考えてみれば、イタチには、町のことはよくわからなかった。
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2008年10月14日火曜日

イタチ雲。

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ゆっくりと、南の空を雲が流れていく。

今日、イタチはすし詰めの研修プログラムから1日だけ解放されて、川辺へ来た。鼻の先を何かの実が、綿帽子をつけてすっと飛んでいく。イタチは、横にのびていた。

「明日は動物学者の先生がいらして、イタチについて私たちが知っておくべき事柄についてを中心に、講義をいただきます。したがって……イタチさんにはご出席いただかなくて結構です」

鼻先でぴしゃりと戸を閉められたような気がしたけど、こうして休めて、天気もよくて、河原で過ごせたほうがよかったかもしれないな、とイタチは思った。今頃みんなは、動物学者の先生の講義を、ふむふむとか、へえーとか言いながら、聞いているんだろうな。

雲はいつの間にか、イタチによく似たかたちに、南の空に寝そべっていた。あれじゃあまるで「ラッコ」だけどね、とイタチは思った。
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2008年10月13日月曜日

蠅と新幹線。

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一方、蠅はいつものように壁にとまっている。眠そうな中年男性がひとり、ノートをひろげている学生がひとり、女性客がふたり。今日は、2階席にいるのはそれだけだ。

ふうん、と蠅は思った。蠅は壁を自由に出入りできるが、そんな遠くまで行くことはない。というよりむしろほとんどカフェとカフェの壁の側を離れることはないと言っていい。だが、彼らはそれと同時に、そのような境遇にある──つまりスターバックスの蠅という暮らし方をしている──世界じゅうの蠅と通じ合うことができる。その気になれば、というよりは、その気がなくとも。伝え聞くというよりは、まったく同時に思い、考える。

「そうなんだ」と蠅は壁に話す。「新幹線の待合いに、カフェがあるんだよ。なかなか、いい。新幹線が来るまで、ラテが楽しめる。コーヒーを買って、新幹線に乗れる。早く着いたら、駅をうろうろしなくても、コーヒーの香りの中で時間がつぶせる。そう、パワーアダプターもあるんだ」

「ああ」と壁は言った。「その話は聞きましたよ。でもそこには壁紙がないんでしょう? それは致命的なように思えます、私には」

「同感だ」と、蠅は言った。
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2008年10月12日日曜日

イタチと緑のガイドブック。

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カフェには二つのマニュアルがある。ひとつはエンサイクロペディアと呼ばれるもの、もうひとつはガイドブック。

イタチはガイドブックを初めて見て、思ったより薄いと思った。グリーンのブックレットは、厚い透明のビニールがかけられていて、ぱらぱらとめくるのに適している。

お客様も、従業員も人間である。だからお互い人間として、自然だと考えること、当然だと考えること、気持ちいいと考えることをしよう。ばかげたことをするのはやめよう。だいたい、そんなことが書いてあるのだが、よくまとまっている。

たとえば机を2時間に1回拭くと決まっていて、2時間たって汚れたテーブルがなかったらどうするのか? 1時間しかたっていなくても汚れていたらどうするのか? そんなことをマニュアルに盛り込む必要はない。なぜなら、そのくらいのことなら人間にわかるからだ。従業員は都合のいいように動く機械ではないし、お客様だって「サービス」を押し売られたらたまらない。

うーん、よくまとまっている、とイタチは思った。でも問題がないわけじゃない。
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2008年10月11日土曜日

壁に訊けば

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スターバックスの蠅

蠅は今日は、壁の中へ隠れている。なぜなら今日は研修だからだ。マネージャーがやってくるそうだ。そしてその訓話はのちのち本になるのだ、とうわさされている。別にたいした訓話でもないのだが、と蠅は思う。だけど、そう思うとうっかり話を聞いてしまわないとも限らない。

それよりうっかり姿を見せて、蠅がマニュアルに載るようなことこそ危機的である。研修の日は壁に隠れること。蠅についての質問があっても、実際にいないのだから対応できない、というふうにこれからもやっていくのだ。そんなふうにしているうちに、蠅は眠ってしまう。壁の中で。

そして、驚いたことに、物語は転がり始めようとしている。
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2008年10月10日金曜日

12時のころ

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スターバックスにて
蠅は12時のカフェを、飛び回っている。あっちこっちで、平日のグループ客たちがにぎやかに話している。そして飛んできた私を払う。

「12時なんだよ」蠅はぶつぶつ言う。「なんでこんなところでつまらない話をしているんだ?」

「まあ、勝手にするのさ」と、壁が言う。
「なんだって?」蠅が言い返す。
「しかたないだろう」
「そうかな?」

しかたがないので、壁のほうは、もとの壁に戻る。その壁に、そのうち蠅も、すっと吸い込まれる。その壁紙の絵のところに、まるで小さなトンネルでもついているみたいに。
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