2008年10月13日月曜日

蠅と新幹線。

space


一方、蠅はいつものように壁にとまっている。眠そうな中年男性がひとり、ノートをひろげている学生がひとり、女性客がふたり。今日は、2階席にいるのはそれだけだ。

ふうん、と蠅は思った。蠅は壁を自由に出入りできるが、そんな遠くまで行くことはない。というよりむしろほとんどカフェとカフェの壁の側を離れることはないと言っていい。だが、彼らはそれと同時に、そのような境遇にある──つまりスターバックスの蠅という暮らし方をしている──世界じゅうの蠅と通じ合うことができる。その気になれば、というよりは、その気がなくとも。伝え聞くというよりは、まったく同時に思い、考える。

「そうなんだ」と蠅は壁に話す。「新幹線の待合いに、カフェがあるんだよ。なかなか、いい。新幹線が来るまで、ラテが楽しめる。コーヒーを買って、新幹線に乗れる。早く着いたら、駅をうろうろしなくても、コーヒーの香りの中で時間がつぶせる。そう、パワーアダプターもあるんだ」

「ああ」と壁は言った。「その話は聞きましたよ。でもそこには壁紙がないんでしょう? それは致命的なように思えます、私には」

「同感だ」と、蠅は言った。
space

0 件のコメント: